最近テレビでコメンテーターとして活躍中の元明石市長の泉房穂さん。
パワハラ発言が問題視されてワイドショーなどでも取り上げられたりしてましたが、実績はバツグンでやり手の政治家という印象。
「実際は、どんな人物でどんな考えを持った人なんだろう?」
と思い、泉氏の本『日本が滅びる前に(集英社新書)』を買って読んでみました。
読んでみると、子育て支援策を突き進めた泉氏のバックグラウンドや、現在の官僚政治の問題点などがよく分かりました。
ただのパワハラおじさん市長などではない
泉房穂氏が全国的に知られるようになったのは、やはりパワハラ騒動がきっかけでしょう。
2019年にテレビで報道されまくった、このニュースです。↓
当時、明石駅前の交差点の安全性・利便性を高めるための道路拡張工事が予定されていたのですが、
その用地買収が全然進んでいなかったことに腹を立てて、泉氏が市職員をはげしく叱責してしまった、という事案です。
パワハラ発言があったのは2017年でしたが、実際にニュース報道で問題になったのは2019年。明石市長選の3か月前でした。
その後、泉氏はパワハラ問題を理由に市長を辞職しましたが、その後市民の支持を受けてその年の市長選で再当選しています。
その当時、私は
- 市職員がボイスレコーダーで録音していたこと
- 市長選挙直前の時期にテレビ報道が加熱したこと
- 実際に辞職まで追い込まれたこと
という点から、「これ、反対勢力にハメられたんじゃない?」という印象を持ってましたが、実際のところはどうなんでしょう。
2024年の兵庫県知事のパワハラ騒動→再当選の流れとかなり似ているので、それっぽいですよね。
パワハラ騒動は本題ではないのでここらへんにして・・・
叩き上げ型の超エリート
本を読んで泉氏の経歴を初めて知ったのですが、この人すごいですね。
- 東京大学教育学部卒
- NHK・テレビ朝日の元ディレクター
- 弁護士
- 元衆議院議員
まさにエリート中のエリートですよね。
しかし、よくいる頭の良いだけのエリートや「親も東大なんで…」というタイプのエリートではなく、ど根性型・叩き上げ型のエリートです。
詳しくは上の動画の 5:30~ をご覧になるとわかるのですが、簡潔にまとめると
- 子どもの頃、障害を持つ弟への社会の冷たさを経験。
- 10歳で「政治家になって、ふるさとの明石をやさしい街にしたい」と志す。
- そのために、猛勉強して東大に現役合格。
- 父親は小卒の漁師、母親は中卒。親戚にも大学に行った人はいない。
- 金銭的な余裕などなかったので、塾も家庭教師も参考書も無しで独学で受験勉強した。
(参考書を本屋で立ち読みしたりした)
という感じ。
まさに「ど根性」です。明石市長になって実績を残したのもうなずけますね。
泉房穂氏の明石市長時代の実績
泉氏は市長時代、特に子育て支援策に力を入れていました。例えば、所得制限なしで「5つの無料化」を実現しています(p22,23)。↓
- 高3までの医療費無料化
- 第2子以降の保育料完全無料化
- おむつ定期便
- 中学校の給食費の無料化
- 公共施設の入場料無料化
このような子育て支援策を矢継ぎ早に行っていった結果、明石市の人口は増え続け、経済も好転していったそうです。
通常、こういう無料化をやる際には所得制限を設けますが、泉氏はそうせずに年収が高い世帯も無料化の恩恵が受けられるようにしました。
これは、
家計にゆとりのある所得の中間層を含めて支援すれば、中間層はお金を使ってくれる。
↓
消費が増えて市の経済が回る
↓
結果的に市の財源は潤う
というロジックです。
実際、明石市の所得制限なしの子育て支援は評判となり、中間層が明石市に移住。その際には戸建て住宅・マンションを買うので、まずは建設業界が潤いました。
他の業種にとっても、購買力のある所得中間層の増加は企業の売上増につながります。
市にとっても、納税額の多い中間層が増えることは財政にプラスになる。
このように、一見すると財源を圧迫しそうな「所得制限なし」の施策は、結果的に経済を回して財源を潤すことにつながったわけです。
出来ないのは政治家に「やる気」がないから
本書で著者の泉氏が繰り返し主張しているのは、
有効な少子化対策や子育て支援策が出来ないのは、政治家にやる気がないから
ということです。
市長が権力を行使していないのが問題
では、「やる気がない」とはどういう意味か?
市長などの自治体の首長は本来、人事権・予算編成権という強い権力を有しています。
ですが、この2つの権力をきちんと行使している市長は数少ないと泉氏は指摘します。
市長は人事権と予算編成権という2つの権利を持っています。ところが、全国を見回してみてもその権利を行使している市長はほとんどいません。
…(中略)… 私が市長になるまでの明石市の人事権のほとんどは、人事当局(総務局職員室)が握っていました。人事当局が人事をして、最後に判だけ市長に押させる。
…(中略)…2011年、市長に就任したばかりの私が人事権を行使しようとしたところ、「市長には、人事権は実質的にはありません」と人事当局から激しい抵抗を受けました。
…(中略)…予算案にしても各課、各部で若干抑えながら調整されたものが市長のところに上がってきて、市長である私のすることといえば人事と同じく、判を押すだけの状況でした。
…(中略)…こういった役所のやり方は、明石市に限らず全国どこでも似たりよったりの状況です。(p59,60)
もし市職員の意向に逆らって人事権と予算編成権を行使しようとすれば、激しい抵抗を受けることになります。
なので、この2つの権利をきちんと行使している市長はほとんどいないということです。
本当に市民のためになる政策を実行するには、人事権と予算編成権を適切に行使しないといけないのに。
「抵抗を受けようが、脅されようが、嫌がらせを受けようが(p61)」、やる気があれば2つの権限を行使することはできるはず。
「明石市で俺が出来たんだから、他の市町村の市長たちも出来るはず!」
「出来ないのは単に、やる気がないから。やる気になれば出来るよ!」
と泉氏は言っているのです。
子育て支援策・少子化対策は、増税などしなくても出来る
泉氏は、実効性のある十分な子育て支援策や少子化対策は、増税や社会保険料増額などせずとも予算を見直して無駄を省けば、実現可能だと言っています。
実際、上で挙げた明石市の「5つの無料化」政策のための必要な予算は約34億円でしたが、これは明石市の予算全体2,000億円のたった1.7%にすぎない(p19)。
これくらいの額なら増税などしなくとも、無駄を見直して予算を適正化すれば実現可能だということです。
そして、これはどの自治体でも同じ状況のはずだと。
明石市で出来たのに他の自治体で実現できていないのは、市長のやる気がないからだと泉氏は指摘します。
つまり、抵抗や嫌がらせに負けずに人事権・予算編成権をちゃんと行使すればいいのに、それをしていない!ということです。
国政も同じ。やる気がないから出来ないだけ
泉氏は、市町村だけでなく国政でも同じ状況だと主張します。
つまり、必要十分な少子化対策・子育て支援策を国全体で行うのに新たな財源は必要ないはずで、国のトップである内閣総理大臣が権限を行使すれば、すぐに有効な政策を実行できるはずだと。
それが出来ないのは官僚などからの抵抗に屈しているからで、抵抗や圧力に負けずにトップダウンでやればよい!
ということです。
もし私が今、総理大臣になったら「子ども予算を倍にするので財務省、各省庁で調整して下さい」と言って終わりです。
総理大臣には閣僚を任命できる権利があり、さらに各大臣は事務次官を任命できるため、実質総理大臣が内閣の人事権を握っています。この権限をうまく使った各省庁を動かせばいいだけです。
…(中略)…つまり、総理大臣が本気になり、「子ども予算を2倍にする」と腹をくくればいいだけなのです。(p158,159)
官僚が日本の政治をコントロールしている
日本では現状、人事権も予算編成権も中央官僚に握られています。
予算案は財務省が編成したものを政府が最終調整するだけですし、人事についても抜本的な再編や人員削減(効率化)を行おうとすれば猛反発にあってしまいます。
泉氏は有名な社会学者であるマックス・ウェーバーの言葉を借りて、官僚が政治をコントロールすることの問題点を指摘しています。
「官僚は政治をなすべきではない」
「最良の官僚は最悪の政治家である」
という言葉です(p156)。
官僚には、
- 前例主義にとらわれていて、方針転換ができない
- 組織(各省庁)の防衛を最重要視している
- 前年よりも多い予算を確保することに固執している
という特徴があります。
これまでのように官僚に政治を牛耳られているかぎり、日本の政治は良い方向に転換しないし、国民の生活が楽になったり未来に希望が持てる社会にはなり得ないということです。
総理大臣が本気になってやる気を出せば…
「市長 v.s. 市職員」という構図と同じように、総理大臣が権力を行使しようとすると官僚からの猛反発にあうことは間違いありません。
例えば、トップダウンで総理が予算を大幅に変えたり、省庁再編を行おうとした場合です。
逆に言えば、官僚からの反発や抵抗勢力に負けずに断行できれば、政策は実現できるということ。
防衛費でミサイルをあれほど買えるのだから、総理大臣がちょっと本気になれば「子ども予算倍増」も一瞬で済む話です。
結局は総理大臣も財務省の抵抗に屈しているのでしょうが、日本のために一刻も早く本気になってくれることを望むばかりです。(p161)
国政を変えるとなると、その抵抗は半端ないものになる
本書を読むと、泉氏は彼の明石市長時代の成功体験から
「明石市で出来たことは他の市町村でも出来る。」
「市町村だけではなく、都道府県でも出来る。」
「総理大臣が本気になれば、国でも出来る。」
という考えを持っていることが分かります。
これには同意したいし、そのように信じたいところなのですが、正直かなり疑問に感じます。
というのは、敵の大きさ・多さ・強さが全く違うからです。
市長として対決する抵抗勢力は、市職員・市議会議員・既得権益を持つ地元企業…これくらいです。
一方で、国を本気で変えようと決意した総理大臣が立ち向かわないといけないのは
- 財務省を中心とした中央官僚
- 既得権益を保護しようとする、いわゆる「族議員」
- 官僚や既得権益側と癒着したマスコミ
- 既得権益を有する大手企業たち
- アメリカや中国・韓国など諸外国からの外圧
- 反社会的勢力からの嫌がらせや脅迫
などなど。敵は多いし強いし、結託して立ち向かってくるし・・・。
彼らは、ありとあらゆる手段(合法・非合法を問わず)で総理大臣を妨害しようとするはずです。
改革を断行するためには、このような敵対勢力に負けずに頑張らないといけません。
そんな骨のある政治家が現れるのか…?
というと、ちょっと個人的には期待を持てないです。
泉氏が提唱する横展開・縦展開・未来展開とは
「まぁ、国では無理ですよね」という自分の考えを見透かしたように、泉氏は政治を変えるための3つの方向性を本書で示しています。
それは
- 横展開
明石市で出来たことを、他の市町村で真似してもらう。 - 縦展開
都道府県単位、国でも明石市と同様の改革を行ってもらう。 - 未来展開
胸を張って「将来、政治家になりたい」と言うような子どもを育てる、子ども政治塾。
の3つです。
横展開はすでに全国の一部自治体で始まっていますし、一種のトレンドになりつつあります。
縦展開は、いきなり国は厳しいと思いますが、まずは兵庫県や近隣の県から始めて上手くいけば、それが全国の都道府県に広がることは期待できます。
明石市モデルの市町村・都道府県がスタンダードとなれば、国民の感覚として
「え、なんで国はやらないの?」
という雰囲気・世論になっていくはずで、その世論に後押しされた総理大臣が抵抗に負けずに改革を実行できるかもしれません。
つまり、横展開→縦展開という順番で進んでいく、ということです。
そして、個人的に最も重要だと感じるのは3つ目の「未来展開」です。
多くの人が政治を揶揄したり、バカにしたり、あるいは自分の利益のために利用したりする中で、政治がとことん汚いものになってしまいました。
でも本来の政治というのは、私たちの社会をよりよい形に変え、暮らしやすくすることです。その原点に立ち、まっとうなことをまっとうに行うだけの、きわめてシンプルなものです。
政治や選挙をバカにするのではなく、胸を張って将来、僕は政治家になりたいというような子どもを育てることが、みんなの未来をつくることになります。それが「こども政治塾」にかける私の想いです。(p203)多くの子ども・若者にとって政治とは、「自分とは関係のない遠いもの」「金に汚い大人たちがやるもの」「嘘をついても平気な人たちがやるもの」という、マイナスイメージの存在になっています。
まっとうな政治とは何か?を学んだ子どもたちが増えれば、その政治を実現したいという情熱を持つ若者が増える。
その結果、官僚に立ち向かえる気骨の有る政治家が増える。
そして、最終的に日本が良い方向に変わる。
…こう想像するのは楽観的かもしれませんが、本書から感じる泉氏の情熱を考えると、そのような未来が訪れる可能性も低くはないのではと思います。
確かに、政治の本来あるべき姿とまっとうな方法論を学んだ子どもたちがたくさん増えたのなら、その子たちが大人になったとき、日本の政治は劇的に変わるのかも?と期待してしまいます。
まとめ
泉氏が本書の中で一貫して言っていることは、
政治家が本気になってやる気を出し、抵抗に負けずに権力を行使すれば、世の中は良い方向に変えられる。
ということです。
ただ単に日本の政治の現状を批判するのではない、前向きな姿勢が泉氏の文章全体から感じ取れます。
政治に絶望している、半分以上あきらめている。
そんな大人にオススメの本です。