私には2人子供がおるのですが、上の子が2歳児で下の子が0歳児のとき、テレビで流れていたNHKの動物番組を眺めていたんです。
子どものおしりのウンチを拭きながら。
その番組では、生まれたてのシマウマがすぐに自力で立ち上がり、しばらくすると歩き出す様子が紹介されていました。
それを見て当時の私は思ったんです。
シマウマの赤ちゃんスゲー!!!
人間の赤ちゃんザコすぎだろ(笑
シマウマさんを見習って欲しいわ
そして同時に疑問に思ったんです。
どうして人間の赤ちゃんは、これほどまでに未熟で無防備なまま生まれてくるんだろう?
もう少し発達してから生まれてきてくれたら育児が楽なのに!
と。
この疑問はずっと心の片隅でモヤモヤと漂っていたのですが、最近読んだ本の中でコレをズバリ説明している文章に出会ったのでご紹介したいと思います。
直立二足歩行が、ヒトの赤ちゃんをより未熟にした
『サピエンス全史』の中に、人間の赤ちゃんがめちゃくちゃ未熟なまま生まれてくる理由が書いてありました。
女性はさらに代償が大きかった。直立歩行するには腰回りを細める必要があったので、産道が狭まった――よりによって、赤ん坊の頭がしだいに大きくなっているときに。
女性は出産にあたって命の危険にさらされる羽目になった。赤ん坊の脳と頭がまだ比較的小さく柔軟な、早い段階で出産した女性のほうが、無事に生き長らえてさらに子供を産む率が高かった。
その結果、自然選択によって早期の出産が優遇された。
『サピエンス全史(上)』p22
直立二足歩行→脳容量の増大
チンパンジーやオランウータンなどの類人猿とヒトの違いの1つが、直立二足歩行をするか否かです。
進化の過程でチンパンジーと枝分かれしたヒトの祖先は、二本の足で立つことで両腕・両手を自由に使えるようになりました。
自由になった両腕は、石を投げたり合図を送ったりモノを持ち運んだり…何かと便利。
そして手を使って色々とできるヤツが生き残り、より多くの子孫を残すことができたのです。
また、直立二足歩行によって自由になった手を使うことで脳が刺激され、脳が発達したと言われています。
つまり脳みそが大きくなるということですね。
他の哺乳類のような四足歩行だと支えられる脳の大きさには限度がありますが、ヒトは直立二足歩行になることによってその限界を突破。
脳を真下から支えられるようになって、より大きな脳みそでもヘッチャラになったわけです。
そして同じように、脳みそが発達して賢いヤツが生き残ってより多くの子孫を残すことができました。
このようにヒトの祖先はその進化の過程で立二足歩行を始め、だんだんと脳の容量を大きくしていきました。
直立二足歩行の弊害(デメリット)
自由に腕が使えるようになって、脳みそが大きくなって、もっと賢くなって…
と、直立二足歩行はヒトに大きなメリットをもたらしました。
しかし得られたのはメリットだけではありません。
直立二足歩行によって、人体には数々の弊害が生じました。
脳貧血・誤嚥・肩こり・ヘルニア・心臓病・胃下垂・痔・難産・坐骨神経痛・膝関節炎・扁平足・・・
などなど。直立歩行に起因する病気や障害は、実はいっぱいあるんですね。
この中でも、人類にとって特に重大なデメリットが「難産」でした。
ヒトの出産は命がけ
直立二足歩行への移行によって、ヒトの出産は文字通り命がけのイベントとなりました。
なぜそうなったか?その理由はいくつかあります。
理由① 産道がS字カーブになった
ヒト以外の哺乳類の産道(出産のときに赤ちゃんが通る道)は、一直線の円筒のトンネルのような形をしています。
ところがヒトは、直立二足歩行になって身体が起き上がることによって、産道が急なS字カーブをした複雑な形になってしまったのです。
一直線のトンネル状の産道と、急なS字カーブの産道。後者のほうが出産の難易度が上がるのは言うまでもありません。
理由② お尻まわりの筋肉の発達
四足歩行の哺乳類の内臓も直立二足歩行のヒトの内臓も、同じく重力を受けて下方向にさがろうとします。
イメージすると分かるのですが、四足歩行の場合は内臓は重力で下方向の力を受けても、大きなお腹の筋肉によって支えられています。内臓は肛門の方におりてくる心配はありません。
一方、直立二足歩行のヒトの内臓は、いわば底の抜けたバケツに入っているような状態。そのままだと下におりてきてしまいます。
そのためヒトは、お尻まわりの筋肉(骨盤底筋など)を発達させて、内臓を支えられるように進化したのですが、
この発達した筋肉が出産の際に邪魔となってしまうのです。
理由③ 胎児の頭が大きい
直立二足歩行によって、ヒトの脳みそのサイズはだんだんと大きくなっていきました。
すると当然、出産時の胎児の頭の直径も大きくなっていきます。
ヒト以外の霊長類では産道の直径よりも胎児の頭のほうが小さいので、胎児はスムーズに出てこられます。
しかしヒトの出産では産道の直径と胎児の頭の直径はほぼ同じなので、胎児はスムーズに出てこられなくなってしまいました。
このような理由から、ヒトの出産は他の哺乳類に比べてはるかに危険なものになってしまったのです。
ヒトの出産はどれくらい危険か?
国立社会保障・人口問題研究所の『人口統計資料集(2022)』によると、妊産婦の死亡数と死亡率は次のようになっています。(死亡率:10万人あたりの死亡数)
- 1900年 死亡数 6,200人(死亡率 397.8)
- 1930年 5,681人(257.9)
- 1960年 2,097人(117.5)
- 1990年 105人(8.2)
- 2020年 23人(2.7)
医療が発達して国民に広く行き渡った現在では、死亡数・死亡率ともに大きく下がっています。
ですが、1900年には年間に6,000人以上の妊産婦が出産が原因で亡くなっています。
中世以前、つまり近代的な医療が導入される以前は、これよりもっと死亡率は高かったはずです。
さらに時代をさかのぼり、直立二足歩行に移行した直後のヒトを考えると、出産の際の死亡リスクはさらに大きかったのは間違いありません。
より早産の女性ほど生き残り、より多くの子供を産んだ
これまで通りのサイズの赤ちゃんを産む女性と、早産になって小さいサイズの赤ちゃんを産む女性。
死亡リスクの高まった出産においてどちらが生き残る確率が高いかというと、後者です。
つまり、早産で、より未熟な赤ちゃんを産む女性が生き残る。
生き残った女性はさらに子供を産む。
その女性から生まれた子供も早産になりやすい遺伝子を持っているので、出産の際に生き残る確率が高い。
こんな感じで、どんどんヒトの出産は早産になり、新生児はより未熟になっていったのだと考えられます。
ここまでの内容をまとめます。
直立二足歩行への移行による脳サイズの拡大&骨格・筋肉の変化
→ ① 胎児の頭が大きくなる
② 産道がS字カーブになるなど、産みにくくなる
⇓
出産による死亡リスクの上昇
⇓
早産の女性が出産で生き残りやすくなり、より多くの子供を産む
⇓
世代を重ねることに、だんだんと早産の傾向が強まる
⇓
ヒトの赤ちゃんはどんどん未熟になる
参考文献:『人類進化の負の遺産』(著:奈良貴史 新潟医療福祉大学)
未熟で生まれることのメリット
ここまでのお話は、「なぜヒトの赤ちゃんはメッチャ未熟な状態で生まれてくるのか?」の理由についてでした。
簡単に言えば、「未熟な状態で産む女性が生き残りやすかったから」ということでした。
ヒトの赤ちゃんがより未熟になったのは決して狙ってそうなったのではなく、あくまでも進化の過程、自然淘汰の結果でした。
ですがその結果として、ヒト全体に次のようなメリットをもたらしたと考えれらています。
- より社会性の強い個体が生き残るようになった
- 子どもに対する教育の自由度が増した
の2つです。
まず、新生児がより未熟な状態になることで、子育てには周囲からの協力がさらに必要になりました。
その結果、子育てに積極的に関与するオスが優遇されるようになり、協調性のあるオスが遺伝子を残すようになります。
このことがヒトが他の動物に比べてより高度な社会性を持つことに繋がった、という説です。
もう1つのメリットは、より未熟な状態で赤ちゃんが出てくることで、教育の可能性が大きく広がったということです。
ヒトに最も近い霊長類であるチンパンジーも他の哺乳類に比べると、赤ちゃんは未熟な状態で生まれてきます。
しかしヒトの赤ちゃんはチンパンジーの赤ちゃんに比べてもさらに未熟。しかも脳みそのサイズも段違いに大きいです。
大容量の脳みそに、より早くから教育を施せる。
だからヒトの知能は他の動物と比較にならないほどに発達した、という説です。
このようなメリットを考えると、ヒトの赤ちゃんがめっちゃ未熟であることは、人類の飛躍の土台とも言えるのかもしれません。
まとめ & 他の動物の赤ちゃん
このページの冒頭で、人間の赤ちゃんが「見習ってほしい」例としてシマウマを挙げましたが、
他の動物はどうなんだろう?と気になったので少し調べてみました。
- ライオン 🦁
授乳期間は7~10ヶ月で、生後3ヶ月くらいから肉を食べられるようになる。オスは生後2,3年で群れから追い出される。オスは生後4~6年で、メスは生後3年で大人になる。百獣の王なので赤ちゃんも強いのかと思いきや、生後2年以内の死亡率は80%以上と高く、非常に過酷。(参照 ライオン Wikipedia ) - ウサギ 🐰
生後2,3週間で歩き回れるようになり、生後1ヶ月で離乳。生後3ヶ月ほどで性成熟し、半年から1年で大人になる。
成熟が早い。しかも決まった繁殖期はなく、一年中繁殖可能。(参照 うさぎとの暮らし大百科) - ゾウ 🐘
妊娠期間は22ヶ月で、哺乳類の中で最も長い。生後20年ほどで大人になる。(参照 ゾウ – Wikipedia) - チンパンジー 🐒
0-4歳(アカンボウ)は母親に世話されっぱなし、5-8歳(コドモ)は母親の近くで他のコドモとよく遊ぶ。9-15歳(ワカモノ)は性的に成熟しているがまだ大人ではない。14~16歳以上で大人とされる。人間とよく似ている。(参照 チンパンジーの成長と発達) - カンガルー 🦘
妊娠期間は30日程度で、新生児は体長2cm体重1gくらい。メチャクチャ小さい。
そのかわりお母さんの袋の中でガッチリ守られて過ごせる。生後8ヶ月程度で袋から独り立ちする。(参照 カンガルー Wikipedia) - パンダ 🐼
新生児の体重は90~130g、体長10cm~15cm。親の大きさの1000分の1しかない。
カンガルーのように袋もないのに、なぜここまで未熟な赤ちゃんを産むのか?まだその理由はハッキリと分かっていない。(参照 パンダの基礎知識 | 日本パンダ保護協会)
こんな感じでした。
パンダの謎具合が際立っていますね 🐼
あと印象に残ったのは、チンパンジーの赤ちゃんの成長過程がヒトの赤ちゃんと似ていること。
4歳くらいまで母親にべったりくっついてお世話されるそうです。チンパンジーのお母さんも大変そうでした。
「人間の赤ちゃん未熟すぎ!」「育児つらすぎ!」「シマウマの赤ちゃん凄すぎ!」
と思ったのがこの記事を書くきっかけだったのですが、調べていくうちに
「どの動物もお母さんは大変なんだな・・・」と思い直しました。
あとは、ヒトの出産は他の哺乳類に比べて段違いで危険だということ。
これは意外だったというか、恥ずかしながらそこまで意識していなかったです。
改めて自分の母や妻に感謝するとともに、自分の子供の出産前後にきちんと妻に優しく出来ただろうか?と非常に不安に思っておるところであります。
いつか復讐されるのかもしれません。